やすけ 5 1974年から1975年にかけて放送されたNHKの番組『未来への遺産』を私が観たのは、小学生の時。ものごころついて初めて目にした、異文明の遺跡や遺物のかたち。日本とは全く異なる風土の中で興り、栄え、滅んでいった様々な文明の姿…。話の内容はほとんどわからないのに、夢中になってブラウン管にかじりついていました。そして、その映像とともに流れてきたのが、ほんとうに不思議な音楽でした。オーケストラをベースに、民族楽器やオンド?マルトノが自由に音を奏でる。宇宙を表現しているかのような響きがあるかと思うと、民族的な旋律がふいに顔を出して、人の営みを感じさせる。「変わった音楽だなぁ」と思ってはいたのですが、田舎に暮らす一小学生が作曲家について気にするはずもなく、そのまま忘れてしまいました。…それから何年も経ってから、『未来への遺産』の音楽が武満徹という人物によって作られたこと、そしてサントラLPが発売されていることを知りました。街のレコード屋さんでその LP を発見し、手にしました。『未来への遺産』は、私が初めて触れた、より正確に言うと触れていた、武満徹の音楽でした。その LP はとうの昔にどこかへ行ってしまい、数十年がすぎ、時代が大きく変わって、今、CD を手に入れました。再生するやいなや、小学生の時以来、私の心の中の砂漠の中に遺跡のように沈み込んでいた情感が、みずみずしく蘇ってきました。過去からやってきた未来への遺産、という感じでした。武満は映画やテレビのためにたくさんのサウンドトラックを書きました。その中にあって、この『未来への遺産』は、異色作にして傑作だと思います。このサントラで試したさまざまな音が、それから何年も後に作曲された『From me flows what you call Time』などに姿を変えて、蘇ったような気がしてなりません。これほどの音楽が絶版状態になっているのが、とても残念に感じられます。武満徹の音楽に興味を持たれている方は、ぜひご一聴を。追記(2020.12.11)ちなみに、この CD の 4曲目『心の中の宇宙(シュメール)』は、カール?セーガンがホスト役を務めた科学番組『コスモス』でも使われています。この『コスモス』、既成曲でサウンドトラックを構成していますが、本当にいい曲を集めています。コスモス?ファンの方も、これをきっかけに武満作品に親しんでいただければと思います。